これからの経営を考える② ~変えること、変えてはいけないこと

  ITバブルが崩壊し関連企業が事業の立て直しに苦労していた頃の話です。

 大手OA機器メーカーの代理店として地域ナンバーワンの事務機器リース会社がありました。社長は70才を前に、そろそろ事業承継をして息子に会社を任せようと考えていました。訪問したある日のこと、私の前で社長と息子である専務が社員の使い方をめぐって親子喧嘩を始めました。専務は、既存顧客のメンテナンスという生産性の低い作業は外注に任せ、社員を新規開拓に振り向けることで売上増とコストダウンをはかり、会社をさらに成長させよう、という方針です。これに対して社長は、夫婦二人で創業した時から顧客訪問とメンテナンスを自分達でこなしてきたが、顧客が増えて手が回らなくなったのでやむなく社員に自分達の仕事を任せてきた、その大事な仕事を外注にさせるとは何事だ、と猛反対です。

 専務は自信満々で「杉本さんはどう思う?」と私に賛同を求めてきました。私はどちらの味方もするわけにもいかず、専務に「経営者の交代にあたって、変えなければならないことと、変えてはならないことがある。変えてはならないこととは、その会社のレーゾンデートル、存在意義にかかわることだ。大事な仕事を外注にまかせるな、という言葉の意味を考え社長とよく話し合ってみては。」と返事をしました。

 それからしばらくして突然、社長が倒れ急逝しました。幸い後継者が決まっていたので、すぐに専務が社長となり会社も安泰と思われました。しかし、1年後に新社長と再会した時に聞かされたのは、「新規顧客を増やすどころかライバルに既存顧客を奪われている。どうすればよいか?」という悩みです。前社長と意見が食い違ったメンテナンスは自分の方針どおり外注化したということですが、原因はここにあります。

 メンテナンスで訪問した社員は機器のスペックと状態を熟知しているだけでなく、顧客の不満や新たなニーズも把握していましたので、その場で課題解決につながる新製品の提案をしたり、その情報を持ち帰ってメーカーにユーザーの要望をフィードバックしていました。メンテナンス作業はいわば顧客訪問の口実であり、社員は外注ではできないユーザー情報とメーカー情報をつなぐ重要な役割を担っていたのです。これが会社のレーゾンデートルです。

 社長はすぐにメンテナンスの外注をやめてもとに戻しました。その会社は社員満足度、地域貢献度の高い優良企業として現在も順調に成長しています。